【寄稿】「まれびと」としてのソノノチ/文:高畠麻子(『風景によせて2021 かわのうち あわい』評)

posted on 2022.04.10

高畠華宵大正ロマン館主任学芸員で、とうおんアート・ラボ副代表の高畠麻子さんに、東温市の河之内で行なわれた“とうおんアートヴィレッジフェスティバル2021参加作品『風景によせて2021 かわのうち あわい』”の評論を寄稿いただきました。

下記、寄稿文です。


「まれびと」としてのソノノチ

私は普段は東温市にある高畠華宵大正ロマン館という美術館で学芸員として働きながら、「とうおんアート・ラボ」(以下、アート・ラボ)という東温市の歴史・文化・アートに関わる活動をする市民グループに所属している。アート・ラボとソノノチが最初に出会ったのは、2021年6月21日(月)の夜。アート・ラボのメンバーでもあり、今回のソノノチ 風景演劇の影の立役者でもある東温市地域おこし協力隊員の田中直樹さんから急な呼び出しから始まった。

アート・ラボは、東温市が2017年から「アートヴィレッジとうおん構想」を掲げてから、その方針や内容に何となくワクワク・モヤモヤしていた市民が、何となく集まって始まったグループだ。文化政策の勉強会をやったり、コロナ禍でのアーティスト紹介の動画を作ったり、コロナで中止となった獅子舞芸能についての展覧会を企画したり、アートヴィレッジという看板が掲げ続けられるよう、市民目線で東温市を見つめ、紹介してきた。偉そうに言えば「中間支援」的な立ち位置で、市民が自律的にアートヴィレッジに関わる方法を現在も模索している。
そんな活動の中で見えてきたのは、「アート」という言葉で括られる一過性的な(ものが多い)現代の表現行為と、東温市という地域やそこに生きた人々が長い時間をかけて紡いできた行為(祭礼、風習、景観など)を、それぞれ異質の行為と考えてしまうと、本当のアートヴィレッジは誕生・成立しないのではないかということである。

たくさんのアートイベントが行われることだけがアートヴィレッジ構想の目的ではないであろう。普段はアートに関わっていなかった市民が、何かのきっかけで地域の歴史や文化の営みに目を向け、文化の継承・破壊・創造という行為に意識を向けること、そしてそのきっかけがアート表現でありアート鑑賞であることが、アートヴィレッジを構想する原理であるべきである。

と、偉そうに書いてきたが、実際のところ、2021年のアート・ラボは行き詰まっていた。勉強会、動画配信、展示企画など色々なイベントや活動を行なっては来たが、それがどこに行くものなのか、何とつながるものなのかがいまひとつ判然とせず、アート・ラボとしての活動の根幹や方針をもう一度考え直す時期に来ていた(と個人的には感じていた)。実のところ、アートヴィレッジ構想というあやふやな言葉や現実に少々嫌気がさしていた私は、6月21日のソノノチとの初顔合わせの日、そんな日頃の迷いや不平不満を口にしていたのであった。

複数回にわたる滞在中、ソノノチの人々が何を見て、誰と話し、何を思い、どのように作品が作られていったのかは全く知らない。しかし公演直前の約10日にわたる滞在中(私は食事作りに何度か顔を出すだけであったが)、彼らの熱量が変わっていくのが感じられた。山奥の集会所で滞在・制作をしながら、日々現場に向かい、帰ってきてはプランを練り直す、そんな作業の連続だったのであろう。彼ら自身が東温市の山里の風景に馴染んでくるにしたがい、地域の人々や風土もまた彼らを受け入れていった。ソノノチは、合計3回の公演を見た人々の心に様々な思いを呼び覚まし、そして去っていった。

そんなソノノチの存在を、ここでは「まれびと」と重ねてみたい。
よく知られているように「まれびと」とは民俗学者・折口信夫が古代の来訪神の存在を説明するために昭和4年に唱えた概念である。そもそも日本には、村の共同体の外(異界)から来る客をもてなす風習があり、この異人を神または霊的な存在として信仰していたという。「まれびと」は一年のうちある一定期間、村に滞在し、村人を祝福し、共同体に活力を与える。その言葉は文学となり、その舞は芸能として共同体に浸透していったという。やがて神だけではなく、各地を移住する芸能者や遊行者までもが「まれびと」として歓待されるようになったと言われている。

ソノノチをいわゆる民俗学的な意味での「まれびと」と同一視するのは無理があるが、しかし彼らの取り組み、つまり「外界から訪れ」「村に滞在し」「村人と交流(村人が歓待)し」「芸能によって共同体に新しい活力を与える」という行為は、古来より「まれびと」がなし得たそれと重なる。何よりソノノチの公演が惣河内神社から始まり、村の集落全体が見渡せる場所へと広がっていったということが、ソノノチと「まれびと」の相似性を連想させる象徴的な事象に思えるのだ。

ソノノチによる滞在型制作という試みをこれほど大仰にとらえたくなるのは、私がアート・ラボの活動を通じて感じてきたことと無関係ではない。前述のように地域にアートが根付いていくためには、一方通行的な興行だけでは不可能である。地域が持つ文化的資源(財産)に自覚的になり、それを市民が享受し、次世代へとつなげるためには、常に新しい価値観と対峙し続ける必要がある。歌舞伎や能などの伝統芸能や、各地の祭礼や地域芸能などの例を挙げるまでもなく、文化は常に変化し続ける。そのために必要なものの一つが「アート」的な行為、つまり新しい価値観への気づきを促す表現と場の創造と考える。

ソノノチの来訪が東温市に残したもの、「まれびと」が見せた風景をどのように文化として継承していくのか、私たちには大きな課題が与えられた。それを心に刻みながら、「まれびと」の再訪を願わずにはいられない。

高畠麻子(高畠華宵大正ロマン館主任学芸員/とうおんアート・ラボ副代表)


高畠 麻子(タカバタケ アサコ)さん 略歴

高畠華宵大正ロマン館主任学芸員。
1990年の開館以来、高畠華宵を中心とする大正時代の大衆文化・イマジュリィ(図像)文化について、さらにそれらと現代文化とのつながりについて、様々な切り口の展覧会を通して考察・紹介をしている。2017年からは美術館と地域をつなぐ活動として「とうおんアート・ラボ」を始動。ワークショップ、勉強会、動画配信、シンポジウムなど様々なアプローチで、地域文化の諸相を模索・発信している。愛媛大学・松山大学非常勤講師。「大正イマジュリィ学会」常任委員・事務局。著書『華宵からの手紙』。

 

※使用画像(撮影:駒優梨香 現像:脇田友)