【寄稿】ソノノチ公演に寄せて/文:徳永高志(『風景によせて2021 かわのうち あわい』評)
posted on 2022.04.10
NPO法人クオリティアンドコミュニケーションオブアーツ代表の徳永高志さんに、東温市の河之内で行なわれた“とうおんアートヴィレッジフェスティバル2021参加作品『風景によせて2021 かわのうち あわい』”の評論を寄稿いただきました。
下記、寄稿文です。
ソノノチ公演に寄せて
公演を月並みな言葉で表現すれば、「アートインレジデンス」と「サイトスペシフィック」ということになろう。
「アートインレジデンス」は全国各地でおこなわれているが、それを引き受ける側が大きな公的施設・組織でない場合、様々な困難がともなう。宿泊先や練習場、食事の手配から、長期間にわたる場合はメンバーのコンディションや天災等々、枚挙にいとまがない。そもそも、多額の費用がかかる。ましてや現在のコロナ禍で手間は倍加している。今回も、大幅な延期のうえ、荒天で初日午前の公演が中止になった。
そうまでして、「アートインレジデンス」を実施する意味はどこにあるのか。第一の目的は、アートにしかできない交流であろう。
アーティストは地域の人々と生活を通して交流し、地域の人々の営みからさまざまな価値を吸収する。地域の人々は、日常にない言わば異物を受け入れ、常とは異なる世界観を眼前にする。それは、座学では体得できないアートならではの化学反応を引きおこす。今回は、地域の人々が神社と棚田という祈りと生産の場を会場として提供し、パフォーマンスを許した。「とうおんアートラボ」のメンバーを中心にボランティアで炊き出しをおこない、当日は多くの近隣住民が来場した。会場では、「わざわざ京都から来たんだって」「やっぱり若い人たちのやることにはついていけない」「これはお芝居なんだろうか」等々、さまざまな声が聞こえてきたが、彼らの公演中の集中は、異物を真剣に受け止めた証でもあった。
第二は、その場所でしか生まれ得ない作品そのものの価値である。
これは、「風景演劇」を志す「ソノノチ」の独壇場であった。まず、ここにしかない場所の発見、そして、その祈りと生産の場の意味を彼らの視点で掘り下げ、美しい作品が紡がれた。それは、そのまま「サイトスペシフィック」にもつながるもので、地元の人々にとっては当たり前の景色が、貴いものに変容する瞬間が生み出されていた。
市外からの鑑賞者である私も、この集落をもっと知りたくなり、終演後、近隣の「雨滝」を訪ねた。雨乞いをしたという由来を学び水音に浸る一方、休憩所の公民館に掲示されている子供たちが作成した南海大地震発生時の被害予想と避難方法のポスターに見入る自分がいた。この美しい場所が中央構造線のほぼ真上にあることを知り、はからずも、人が生きることの意味と困難さに思いをはせたのである。
アートインレジデンスの成果を十分に感じた一方で、作品には若干の不満がのこる。
彼らが、パフォーマーとして十分に研ぎ澄まされた身体を持ち、場所を知り丁寧な作品作りを心掛けていることが理解できるからこそ、細かいことが気になる。
まず、神社での宗教性を帯びたパフォーマンスにおける衣装の足元である。色には留意されてはいたが、靴ではなく足袋や裸足ではいけなかったのか。観客の至近で演じられることもあり目が向いてしまう。次に、第一会場(神社)から第二会場(棚田)への移動方法である。日常と変わらぬ移動は、パフォーマンスの世界から否応なしに現実に引き戻され、意識は分断される。これは野外公演につきものの安全管理と作品作りのせめぎあいの結果であろうが、作品に沿った手法で案内し、移動することは不可能だったのか。そして、風景と来場者の多くが経験してきたであろう感情に寄り添いすぎる音楽である。これは、「その後(のち)、観た人を幸せな心地にする作品をつくる」というアーティストグループ創設時の理念に沿ったものだとも言えようが、この作品でしか得られない感銘とは少し距離があると感じた。最後の、終演時の一礼で、私たちの意識はまたも分断され、「そののち」に思いをはせる機会を失う。静かに姿を消すなど、もっと演劇的な終わり方はできなかったのか。無言ですすめられるので、なおさらである。
おそらくは、日ごろパフォーミングアーツを観慣れない受け手に対するサービスもあったろう。そのことは、観足りない、もっと観たいという意識をネガティブなことと感じてしまう一因になってもいると言えまいか。
幾重にも困難な状況のなかで、演劇の美質を存分に感じさせてくれただけに、無いものねだりの贅沢な要求をしてしまう。
それゆえに、もう一度この地で、また他の地で、紡ぎだされた作品を観たいと思う。
徳永高志(NPO法人クオリティアンドコミュニケーションオブアーツ代表)
徳永 高志(トクナガ タカシ)さん 略歴
1958年岡山市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文化政策学)。
日本近代史研究を礎に、19世紀末に成立した地域の芝居小屋研究に取り組み、文化施設の歴史や運営にも関心を持つ。
松山東雲女子大学教員を経て、2004年に、アートと地域の中間支援を目指すNPO法人クオリティアンドコミュニケーションオブアーツ(通称QaCoA)を設立。茅野市民館コアアドバイザーもつとめる(2005~2021年)。
現在、内子座、町立久万美術館、淡路人形座のほか、伊予市、松山市、神戸市、飯塚市の文化施設計画や文化政策にかかわる。
慶應義塾大学大学院アートマネジメントコース非常勤講師。
著書に、『芝居小屋の二十世紀』(1999年、雄山閣)、『公共文化施設の歴史と展望』(2010年、晃洋書房)、『内子座』(2016年、学芸出版社)など。
※使用画像(撮影:駒優梨香 現像:脇田友)